平成23年11月10日

 

控訴を提起しないことについて

田原 総一朗

 

私は、平成23年11月4日神戸地裁が言い渡した判決に控訴を申し立てないことといたしました。この判決は北朝鮮拉致被害者である有本恵子さんのご両親が、平成21年4月24日テレビ朝日の「朝まで生テレビ」において、私が我が国政府の拉致問題についての北朝鮮との交渉ぶりを批判した発言の中で「外務省も生きていないことは分かっているわけ」と述べたのが、有本さん夫妻の心を傷つけるものだったとして訴えを提起したのに対して、私に各50万円の損害賠償の支払いを命じたものです。

しかしながら、私のこの発言は、我が国政府の拉致問題についての交渉ぶりを批判する中でなされたもので、有本さんを傷つけようとの意図は全くありませんでした。

この間、政府は北朝鮮との間で実質的な交渉を行わず、拉致問題は進展がないまま推移してきました。私は、「政府はなぜ交渉ができないのか」を明らかにすることは、政府に交渉姿勢の転換を求めるために重要なことだと考えます。私の発言は、まさに交渉が進まない理由を明らかにし、矛盾をはらむ政府の立場と外交姿勢を批判し、方針の転換を求めたものでした。

この判決も私の発言は拉致問題に関する我が国政府の交渉方針を批判するものであり、そのような言論は政治的言論として強く保護されるべきものであることは認めています。そして日本政府の交渉方針を批判する点において、私は有本さんと基本的に同じ立場に立つつもりであります。

この判決には、政府の公式見解や現実の交渉態度の背景にある本当の事情を自由に議論することを認めずして、果たして民主主義社会における十分な政策論議が保障されるのか、という問いに対する答えがなく、承服しがたいものがあります。しかしながら、私が控訴することは更に裁判を長びかせ、有本さんご夫妻を苦しめることになります。そのようなことはなすべきでないと考え、控訴をしないこととしたものです。