新刊発売キャンペーンを実施します!

2010年1月29日

いつもご愛読ありがとうございます。田原総一朗公式サイト運営チームです。

今回、田原総一朗がアスコムさまから発刊する新刊「オフレコ!スペシャル」の発売を記念して、
ささやかながらプレゼントキャンペーンを実施させていただきます。

2010年の2月1日から2月3日の間に、インターネットの本屋さん「Amazon」または「楽天ブックス」からご注文いただいた方に、宋文洲氏との対談ファイルをプレゼント。

●いま、日本で成功するなら、どうすべきか?
●華僑とビジネスする上で知っておくべきポイントとは?
●どうすれば中国で稼げるのか? 成功事例は?

他、田原総一朗が本音で徹底インタビュー。
2010年3月1日出版予定の書籍『中国人の金儲け、日本人の金儲け ここが大違い!』に掲載予定の
特別編集版を、一足お先に公開させていただきます。

応募方法、キャンペーンの詳細は、こちらの特設ページをご覧ください。

琵琶湖塾で思った事

2010年1月21日

昨日は琵琶湖塾で財部誠一さんに講師をお願いした。

財部さんの話は非常にわかりやすかった。

経済の立場から、マスコミの情報のいい加減さを痛烈に指摘した。

例えば、麻生太郎元首相は2009年の景気を100年に一度の不況だと言った。

こういう情報が新聞にもテレビにも氾濫した。

ところが半年もたつと「底を打った」という情報が強くなった。

半年で底を打つなんて不況は、100年に1度などであるはずがない。

或いは、アメリカのサブプライムローンが破綻して、リーマンブラザーズが倒産した。

これを資本主義の破綻だとする意見が強まった。

だが財部さんは、こんなのはバブルがはじけたにすぎない、と言った。

とにかくマスメディアは、情報を誇大に報じ、また、悲観論が強い。

財部さんが就職して証券会社を辞めたのは、その証券会社が無茶苦茶をやっていて、将来必ず大問題になる、と、強く感じたからだと言った。

彼が辞めて10数年後、それは現実となった。

とにかく、先が見にくい時代である。

戦後長い間、私達はより豊かな生活がしたい、より豊かな社会になりたい、と頑張ってきた。

しかし「より豊かに」という目標は、明らかに持てなくなった。

今年、成人を迎えた若者達はバブル時代を全く知らない。

彼らが物心ついた時には、日本は不況で展望が見えなかった。

自分達の時代が親達の時代よりも豊かになるとはとても思えない。

収入が親達とくらべて増えるとも思えない。

そういう時代の生きがいとは何か。

何のために頑張るのか。

頑張る理由が掴めなくて、下手をすると草食系の人間になる。

新しい時代の生きる力をどう掴むか。

昨日の琵琶湖塾ではこの課題で盛り上がり、時間が大いに超過した。

「サンデープロジェクト」来年3月で終了

2009年12月27日

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1989年4月にスタートして、
21年間続いたサンプロが来年3月で終わることになった。
テレビ朝日の方針が変わったのだろう。
私は、サンプロのスタッフに
「これから3ヶ月は願ってもないチャンスだ」
と言った。
「視聴率を考えなくていい、スポンサーも考えなくていい、クレームも考えなくていい、
テレビのあらゆるタブーを打ち破った番組が作れる。
恐らく、一生の中でこれほど充実して思いのたけができる3ヶ月はないはずだ」
私は、これでも随分セーブして、ブレーキをかけてきたつもりである。
そのブレーキを一切かけないでやるつもりだ。
毎回、テレビ局を震撼させるような番組を作り続けるつもりだ。
その事を言ったら、スタッフも技術スタッフも皆喜び、興奮した。
さあこれから、どんな番組が登場するか期待してみてほしい。
ところで、いくつかの新聞や雑誌で、誤報がある。
私が降板となった理由は、私のギャラとは無縁である。
私はテレビ局からギャラが高いと言われた事もないし、
安くしてくれと言われた事もない。
安くしてくれと言われたら、いつでも応じるつもりであった。
これは全くの誤解である

「やりすぎコージー」に出演して

2009年12月17日

テレビ東京のバラエティ番組「やりすぎコージー」に出演した。(放送は1月25日)

私は昔、テレビ東京の社員であった。その頃に作った作品を番組で披露してくれると言うのである。

私は以前、バラエティ番組出演は違和感があるのではないかと思っていたのだが、出演してみて違和感は全然なかった。
司会の今田耕司さん、東野幸治さん、千原ジュニアさん、そして浅草キッドさん、山田五郎さん、他の出演者の方たちが真剣そのものであるのに驚いた。
番組はバラエティのお笑いなので、誰もが視聴者達を爆笑させるやり取りしている。
言ってみれば、笑いの為に身体を張っている。
真剣みがとても伝わってきた。

やりすぎコージー収録中

 

また、1月2日放送の「ビートたけしの因縁の2人」にも出演した。
ビートたけしさん、浅草キッドさん、はるな愛さんとご一緒した。
トップを走り続けているたけしさん、大人気の浅草キッドさんとはるな愛さん、それぞれの勘の良さと、全く手を抜かず全力投球で番組を作っている事に感動した。
バラエティ番組に出演し、改めて見直した。 

お正月特番の収録で鳩山来留夫さんと

「ノンフィクション賞」決定

2009年12月16日
宮崎学さん、中沢けいさん、魚住昭さん、坂本衛さん、佐藤優さん、私で、ノンフィクションの賞「田原賞」なるものを作った。

http://www.forum-j.com/bana024.html

11月30日にその受賞式を行った。
賞に私の名前を冠するのは恥ずかしい限りだが、ともかくこうなった。

大きな大出版社が出すノンフィクション賞は賞金が100万前後で、これでは賞金とはいえない。
ノンフィクションを書くには、最低1~2年はかかる。
100万では取材も出来ないし、この間の生活も出来ない。
そこで私達は、大出版社は500万~1000万くらいの賞金を出せ、と挑発する意味でこの賞を作ったのである。皆が金をはたいて300万円捻出した。
今回は、残念ながら大賞はなかった。
200数十編の作品が集まり、それぞれ取材をよくしているし、構成も見事と言えるのだが、残念ながら、私達が言うハラハラドキドキするような作品に巡りあえなかった。
映像も30本近くあったが、大賞には今一歩であった。
この賞は、今後も続けていきたい。
今後はぜひ大賞も。
あえて発表は2011年の秋、公募はこの春とした。
頑張って応募してほしい。

ノンフィクション賞

陰山英男さんのお話を伺って

2009年11月27日

月に1度の故郷滋賀の琵琶湖塾で、立命館大学の陰山英男さんを講師に呼んだ。

陰山さんは、100マス計算でその名を全国的にとどろかせた人物である。

陰山さんが30歳前、山口の小学校の先生の時であった。日本の小学校・中学校などの生徒の学力低下が大問題となったのは、1999年であった。

ところが、陰山さんによるとそれ以後、学力はほとんど向上していないと言う。

なぜ学力が向上しないのか、教育とは何か、いかにあるべきか、と言う論理的な論争や討論ばかりが繰り返され、具体的なやり方のモデルが出てこないのである。

その点、陰山さんの話は明快である。

例えば小学生で、夜9時に寝る子供、10時に寝る子供、そして11時以後に寝る子供では成績に大きな差が出来る。

また、8時間以上寝る子供、7時間寝る子供、6時間寝る子供、5時間寝る子供、睡眠時間によっても、成績に大きく差が出てくる。

陰山さんは、「早寝・早起き・朝ごはん」この3つが学力を上げ、知能指数を上げる方法だと言っている。

現に、いくつかのデーターがそれを証明している。

陰山さんはまた、現在の教育にいくつもの問題点があることも指摘した。

例えば、中学の社会ではヨーロッパの国は1つ、日本の県は3つしか教えないそうである。それで義務教育を終ってしまう。

また、分数の計算でも5分の3-4分の1という計算はするが、2と3分の1+1と4分の1、といった計算はしないで終るらしい。

陰山さんは、ともかく漢字を書くこと、計算をする事、その反復練習をする事、それが大事だと強調した。

会場のお客さんたちは熱心に聞き入っていて、質問も多かった。

教育は子供を持つ誰にとっても切実な問題なのである。

追伸

10月2日の長崎での講演で、「将来米が足りなくなるので、諫早湾を埋め立てて田んぼにしようとした」と話をしましたが、これに対して、

「諫早湾干拓は埋め立てたのではなく、潟土を自然のまま乾燥させたものです」とご指摘がありました。

ご指摘どおり訂正いたします。

ご指摘に感謝しております。

乱歩歌舞伎「京乱噂鉤爪」観劇

2009年10月20日

松本幸四郎と市川染五郎の「京乱噂鉤爪(きょうをみだすうわさのかぎづめ)」を観た。

幸四郎、染五郎父子はなかなか野心的で、冒険に敢えてチャレンジをする。

この芝居は、江戸川乱歩原作「人間豹」をもとに、なんと主役は明智小五郎だと言う。

しかも時代は幕末、尊皇攘夷と開国佐幕が対立し血みどろの戦いを演じていた時代である。

そこに明智小五郎が登場して何をするのか。

歌舞伎の伝統芸をどこまで生かし、どこまでブチ破るのか。

面白いと思って観劇したのである。

主役は染五郎演じる人間豹だった。

人間豹は子供の頃、人間と豹が合体した生き物として見世物にされた。

その事の恨みでともかく人間達を、世の中を混乱させ崩壊させたいと願っているのである。

冒頭、当時流行っていた「ええじゃないか」の踊りのシーンから始まる。

庶民が苦しい生活から逃れる為に、「ええじゃないか」と踊りながら、伊勢神宮に参る。

或いは、伊勢まで行かなくても踊り狂う。そこへ、人間豹が現われて庶民達を次々に殺戮する。冒頭から衝撃的な場面である。

京都で有名な人形師がいる。名人で魂の入ったような人形を作る。

ところがその息子の代になってから、息子が金儲けに目がくらみ、父親の作った人形を次々に売る。ついには父親の生命をかけた形見の人形までを売ってしまう。

その息子の妹になるのが大子。大子は染五郎の二役である。

その大子が父親の魂が入った人形を売るのを大反対するが、ついに人形を売ってしまう。その形見人形を買う人物こそ鏑木幻斎である。陰陽師として朝廷に深く入り込み、実は天下を狙うくせ者である。この陰陽師と対決するのが松本幸四郎扮する明智小五郎だ。

問題の人間豹は、陰陽師の妖術にかけられて陰陽師の手先となっている。

一幕の終わりは人間豹がアクロバットのように宙吊りになり何回転もしながら、2階へ消えていく。この芝居の一つの目玉になっている。染五郎の演技はダイナミックである。

二幕では、明智小五郎までが陰陽師の妖術にかかって力を失ってしまう。

人間豹は染五郎演じる大子まで殺してしまう。

だが、最後に人間豹は懸命に陰陽師の妖術と戦いついには陰陽師を殺す。

随所に歌舞伎では見られない新しい試みが導入されている。

エンタティメントとしての配慮も充分凝らされていて、充実感を味わった。

なお、この芝居の演出は松本幸四郎、原案は市川染五郎である。

幸四郎・染五郎親子の思い切ったチャレンジは評価に値する。

金儲けは悪いことではない

2009年10月10日

e794b0e58e9f091008私はひねくれものなので、このところ「倫理」と言う言葉が氾濫してるのがどうも気になる。

特にアメリカでサブプライムローンが破綻して、金融業界が混しリーマンブラザーズが倒産して金融パニックに陥った時から、この倫理と言う言葉が充満しだした。

アメリカの経営者達が金儲けばかり走り、倫理を破綻させてしまったのだと言うのである。

私は近江商人の末裔なので、「金儲けが悪い」と言われると、違うんじゃないかと言いたくなる。

企業という企業はどこも金儲けを考えている。金儲けを考えなければ企業は倒産する。

金儲けを考えない企業などは存在しない。

念を押しておくが、金儲けは決して悪いことではない。

私は幼稚園に上がる前から祖母に「三方善し、三方善し」と言う事を言われ続けた。

商人が金を儲けるには「三方善し」でなければならないと言うのである。

当時は「三方善し」の意味などはわからなかったが、「三方善し」と言う言葉だけは覚えた。

現在では、三方善しと言う言葉は割りあいによく耳にするようになった。

三方善しとは商人が金を儲けるにはまず「客にとって善し」そして「世間にとって善し」それで初めて「自分にとって善し」になる、という事だ。

まず、お客さんに喜んでもらわなければならない。

この商人から買った品物は質が良い、為になる、そして商人がとっても親切である、

と、お客さんが信用してもらう。信用してくれれば、二度も三度も買ってくれる。

つまり商売が持続する。

二番目は、世間にとって善し。

今の言葉で言えば、社会にとって善し、である。

社会とは、お客さんがいっぱいいるという事だ。

大勢のお客さんが、つまり社会がその商人の商品やサービスを信用してくれる。

となると、商売は繁盛する。

そこで最後に、自分にとって善しとなる。

つまり金が儲かるということである。

逆に言えば、三方善しでなければ金は儲からないのである。

ところが、アメリカの商売は日本とは全く違う。

アメリカやヨーロッパの国々は、キリスト教の文化である。

特にアメリカは、清教徒、つまりヨーロッパのピューリタン達がヨーロッパにうんざりし、

正しい生活を求めてやってきた国である。

彼らは聖書の教えに極めて忠実であった。

聖書には人のものは盗んではならない。人を騙してはならない。など多くの掟が記してある。

アメリカのビジネスマン達にとって、ビジネスとは聖書の教えに従って行うものであった。

それが倫理を守ることであり、秩序を守ることであった。

ところが70年代からアメリカの経済が不調になった。

80年代になると不調がどんどん激しくなった。

つまりアメリカで作った製品が売れなくなってきたのである。

逆に日本の製品がどんどん入ってきたのである。

アメリカ人の給料は高く、コストが高い。それに比べて日本の製品は質が高くて値段が安い。

つまり日本からの輸入がどんどん増えてアメリカの企業・産業界を強く圧迫するようになった。

80年代後半、日米経済摩擦が深刻化した。

これはアメリカの商品が売れず、日本の商品がどんど入ってくるので、アメリカが日本にイチャモンをつけたのである。

アメリカの言いがかりである。言いがかりはつけても、アメリカの商品は売れない。

そこでアメリカは物を売る産業から、金融業にシフトした。

しかも金融業がどんどん客の顔の見えないビジネスへと変わっていった。

ここで法律は破らないが、倫理破り、秩序破りが出始め、それが多数となった。

例えばサブプライムローン。これは、担保にならないローンなのだが、それを強引に担保にした証券が作られ、こうした証券がどんどん集められて売買された。

しかもそれにレバレッジ。レバレッジとは、テコの論理なのだが、30倍、50倍、 100倍と倍率をあげて売買されるようになった。

こうなるとビジネスではなく博打である。

いや、こんな事言うと、博打をやっている人が怒るだろう。

博打は賭ける金がなければ成立しないが、ベバレッジは金がなくてもどんどん掛け率があがっていく。

そして、失敗すると即破綻となる。これは明らかに倫理が欠如したのだが、この倫理の欠如と言うのが日本には当てはまらない。日本の商売は倫理ではなく、三方善しが基盤だからである。

ところがそのことをわかっていない学者や文化人たちがやたらに金儲けが悪い、金儲けをするやつらは倫理が欠如してるのであるという。これは大きな間違いである。

三方善しを守る限り、日本のビジネスは破綻しないのである。

金儲けは悪い事ではないのである。

大衆の時代が終った

2009年10月2日
何よりも頭を痛めているのはテレビ局や大新聞などマスコミである。新聞やテレビが始まって以来の危機がやってきた。

新聞やテレビが始まって以来の危機がやってきた。

どのテレビ局もCMが減って非常に困っている。
新聞社も同じ事が言える。広告の数がどんどん落ちている。
その大きなきっかけは一昨年、アメリカのサブプライムローンの破綻に端を発して金融大パニック、そして実態経済も大不況となった。
それが世界中に広がり、日本も大きな影響を受けた。
そこで企業の業績が悪化し、とにかく出費を削減すると言う事で広告費が急激に減ったのだが、一年たって企業が前向きになっても広告費の落下は止まらない。
実は不況のせいではなく、消費者のニーズが大きく変わったのである。
例えばあるコンビニの経営者が言った。
大手のコンビニだが、このコンビニはテレビのCMを激減させた。
理由はなぜか。
テレビのCMはそのコンビニの存在を知らない人、そのコンビニがどんな商品を扱っているかを知らない時には極めて有効であった。
つまりコンビニの種類、店舗の数が少なくてまだ開拓すべき地平が広がっているときにはテレビでどんどん宣伝する必要があった。
しかし今やコンビニが市場を埋め尽くした。新たに開拓できる地平はない。
消費者は、或いはセブンイレブンにいきローソンにいき、ampmにいきサンクスに行く。いわば、色々なコンビニに浮気をしていく。
例えばセブンイレブンにすれば、ローソンやサンクスやampmなどに浮気をしているお客さんを、いかにセブンイレブンに集中させるか、つまりセブンイレブンだけに来るようにさせるかということが最大の課題になっている。
一度来店したお客さんにいかに満足してもらい、リピーターになってもらうか、ということである。
来店したお客さんにいかにサービスをよくするか、お客さん達のニーズをいかによく知るかそして値段をいかに安くするか、ということが課題になり、マス広告の意味がだんだんなくなるということである。
マスの時代が終り、かつて電通の藤岡和賀夫氏が言った「少衆の時代」が始まったのである。
大衆の時代ではなく少衆の時代になったのである。この少衆にどう対応するか。
大企業であればあるほど対応が難しくなる。どこも頭を痛めている。
何よりも頭を痛めているのはテレビ局や大新聞などマスコミである。新聞やテレビが始まって以来の危機がやってきた。
ここをどう生き延びるか、それは私自身の問題でもある。

村上春樹の「1Q84」を読んで

2009年8月19日

遅ればせながら、村上春樹の「1Q84」を読んだ。

上下巻で約1000ページ。読むのにも時間がかかるが、もちろん書くには大変な時間を費やしたに違いない。

上下巻で、200万以上売れているという。ところが、私の友人知人たちに聞くと、「読んでない」という答えが意外に多かった。どうやら、いわゆるインテリはこの本に拒否反応を抱いているようだった。

「読んだ」という人達に感想を聞いても、「何が書きたいのか良くわからない」「面白くなかった」、中には「読み続けるのが拷問のようだった」と言う反応まであった。

こんなに売れていて、しかもアメリカやフランスなど海外でもよく売れているにも関わらず、いわゆるインテリ達は拒否反応が強い。そこで、遅ればせながらも読んでみようと思ったのである。

初めの200ページ近くは正直言ってとっつきにくい。だが、そこを済むととても読みやすく、どんどん引き込まれていく。

こういうと著者に大変失礼だとは思うが、恐ろしく贅沢な道具立てを凝らした推理小説仕立ての恋愛小説であり、私は昔、大ヒットした佐田啓二と岸恵子主演の「君の名は」を思い出した。

主役は青豆という女性と、天吾という男性のスケールの大きい恋愛物語である。それが巧みに推理小説風に構成されている。実は、最初の200ページに、その後展開される推理小説の種が詰まっているのである。

200ページを済むとわかり易いと書いたが、最初の200ページも著者の素晴らしい筆力と贅沢な道具立てに引っ張られて、いわゆる飽きは来ない。

いわゆる、インテリという人々が拒否反応を持つのは、道具立てが贅沢すぎるせいかもしれない。

「1Q84」の骨子になっているのは学生運動、連合赤軍事件、そして山岸会、それがオウム真理教に至るのである。

つまり村上春樹は、若者達が全共闘として戦い、やがて様々のコミューンを作りそして宗教団体へと転じていく、この流れを描きたかったのであろう。

その流れの中で、青豆と天吾はある意味では振り回され、そこでお互いの愛をどんどん感じ取っていくのである。

二人は結局、結ばれない。

その意味では悲劇の物語である。

だが、読者である私達は、1000ページの中で村上春樹から数多くの刺激を受ける。知識も受ける。何よりも「生きるとは何か」という事を考えさせられる。

著者の音楽に対する凄まじい造詣がある。古典的作家の小説を実によく読んでいる。哲学についての造詣も深い。私は素直な人間だから、多くの刺激を受けて面白かったが、この辺がいわゆるインテリの反発を食うのかもしれない。

上下巻ともで200数十万部売れるのは、よく理解できる。

約1週間、村上春樹の世界を満喫した。