『リンカーン』と『終戦のエンペラー』に学ぶ政治家の「覚悟」とは何か?

最近、心に残ったふたつの映画がある。ひとつは、現在上映中の『リンカーン』、もうひとつは7月に封切される『終戦のエンペラー』である。僕は、映画が大好きだ。かつて監督として映画の制作に携わったこともある。いまはもっぱら観るだけだが、試写会があればできるかぎり顔を出すし、DVDを借りて観ることもある。暇さえあれば、さまざまな作品を鑑賞している。

さて、ひとつめの映画『リンカーン』は、巨匠スピルバーグの監督作品である。「人民の、人民による、人民のための政治」という名言で知られるリンカーンは、アメリカでもっとも愛された大統領のひとりと言われる。彼が活躍した時代、日本はちょうど幕末で、長い鎖国を解き、開国しつつあった。

その頃、アメリカは南北戦争の最中にあった。「奴隷制」存続を主張するアメリカの南部11州が合衆国を脱退、合衆国にとどまった北部23州との間で戦争となっていたのだ。

リンカーンの最大の業績は、この「奴隷解放」である。その実現のためにリンカーンは、奴隷制廃止を提案した米国憲法修正第13条を議会で通過させなければならなかった。だが、議員の多くは南北戦争の終結が先だと考え、「憲法改正」に反対したのだ。そこで、この反対派の切り崩しにリンカーンは精力を傾ける。議員たちをそれぞれ持ち上げたかと思うと、次は相手の弱みを見つけて脅す。説得とは一筋縄ではいかないものなのだ。

僕はこの映画を観ながら、ひとりの政治家を思い浮かべた。竹下登さんだ。昭和最後の総理大臣である。彼のいちばんの業績は消費税の導入だろう。リンカーンが議員一人ひとりに、さまざまな言葉を駆使して翻意を迫るさまは、僕の知る竹下さんにそっくりだったのだ。

政治は綺麗ごとではない。覚悟をもって何ごとかを成し遂げようとするならば、時には悪者にもならねばならない。リンカーンは結局、凶弾に倒れた。竹下さんはもう亡くなってしまったが、もし生きていたら、こう話してみたかった。「竹下さん、リンカーンのやり方はあなたと同じでしたよ」と。

『終戦のエンペラー』は、今年3月に全米各地で公開され、話題になったアメリカ映画だ。この「エンペラー」は昭和天皇を指している。プロデューサーは、演出家の奈良橋陽子さんで、当初は日本国内での制作を目指したが、難しかったと聞いている。日本ではこの夏、公開されるようだ。

日本が降伏して太平洋戦争が終わり、連合国軍最高司令官としてマッカーサーが日本に降り立つ。アメリカによる日本占領の始まりだ。そのマッカーサーが部下に命じたのは、戦争責任者の追及だった。そこに聖域はない。当然、昭和天皇、皇室も含まれたのだ。

昭和天皇に戦争責任はあるのか? 
マッカーサーはどう判断を下すのか?

そして、ついに昭和天皇とマッカーサーが会見する日が来る。映画では、アメリカ占領軍の内部事情や昭和天皇をめぐる思惑がとてもよく描かれていた。何よりも、この難しいテーマによくぞ挑戦したと思う。

このふたつの映画を観て、僕は強く思ったことがある。「何かを成し遂げようとするならば、あるいは本当に伝えたいことがあるならば、覚悟を持ってタブーを破れ」ということだ。

現代の政治家たちを見ていると、どうもその「覚悟」が欠けていると感じる。重要閣僚の靖国神社の参拝や、責任ある立場の人間による慰安婦発言などだ。

そんな政治家たちは世の中を騒がせることが実に得意だ。しかし、彼らの言動はあまりにも軽く見える。はたして、そこに覚悟と目的と、そして、考えぬかれた戦略はあるのだろうか。

いま、日本はたくさんの課題を抱えている。政治家がさまざまな政策を考え、覚悟をもって実行しなければ、国の将来は開けない。軽々しい行動や発言を続ける政治家たちの姿に僕は危惧を覚えざるを得ないのだ。

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『ワシントン・ポスト』など外国主要メディアの安倍首相批判、ここが大間違いだ!

ゴールデンウィークは終わったが、 依然として安倍政権の好調は続いている。 安倍晋三首相はロシアに続き、 中東を訪問、大成功に終わった。 経済も、株価は1万4000円を越え、 円安傾向も持続……。 好材料ばかりのようだ。 ただ、その好調の安倍内閣に、 アメリカ、イギリス両国から 鋭い矢が飛んできた。

アメリカの『ワシントン・ポスト』が 4月26日、安倍首相を 強く批判する社説を掲載したのだ。 「侵略の定義は国際的にも定まっていない」 と安倍首相が述べたことについて、 歴史を直視していないと批判、 さらに、経済政策の成果も台なしにしかねない、 という懸念も示している。

イギリスの『フィナンシャル・タイムズ』も 4月29日の社説で批判を展開。 安倍首相の靖国神社への供物奉納、 そして、歴史をめぐる発言に対し、 「支持率の高さを受け、本性をのぞかせた」 と述べ、経済政策に集中すべきだと 苦言を呈しているのだ。

だが僕は、安倍さんの言動はともかく、 両紙の批判は間違っていると考える。長年、僕は日本の近代史を 取材してきた。 その結果、満州事変、日中戦争は 日本の侵略だったという結論に達した。 しかし、太平洋戦争は違う。 太平洋戦争は、「侵略国」である、 イギリス、アメリカなどの連合国、 そして同じく「侵略国」である日本との 闘いだった。 当時、イギリスもアメリカも、そして日本も 植民地を「持てる国」だったのだ。

『ワシントン・ポスト』は、 「あの戦争はアメリカにとって正しい戦争だった」 という前提で安倍さんを批判した。 日本という「悪い国」を、 アメリカをはじめ連合国が やっつけたということなのだろう。 だから敗戦後、日本人は次々に 戦犯として裁かれた。 極東軍事裁判では、 「平和に対する罪」という罪名のもと、 A級戦犯が処刑された。

これもまた間違っている、 と僕は考えている。 そんな罪は、太平洋戦争の 前まではなかった。 連合国側が「平和に対する罪」を作り、 そして過去にさかのぼって、 日本を裁いたのだ。 今でいえば「事後法」で、 そんな裁きは到底、許されることではない。だが、その裁判の結果を 日本は受け入れた。 受け入れたことで日本は、 1951年、独立を認められる。 敗戦した国は弱いのだ。

しかし、独立後60年が過ぎた。 日本人の手で、あの戦争を ちゃんと総括すべき時期が 来ているのではないか。 このままでは『ワシントンポスト』に いいように書かれてしまい、 反論すらできないのだ。

安倍さんは憲法改正をぶち上げた。 そのため、日本中で憲法に対する議論が かつてないほど盛り上がっている。 今こそ、憲法とともに あの戦争のことを考える時だろう。 そして、あの戦争を総括する 絶好のチャンスだと僕は思うのだ。

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年間3万人の自殺者に思う。日本は一度失敗してもやり直せる社会になれるのか?

日本国内の自殺者数の増加が近年いっそう問題になっている。平成21年には、自殺者数が3万2345人に達した。その後やや減少したものの、昨年も2万7858人と、いまなお年間3万人近くの人が自ら命を絶っている。

こうした現象は、日本人の宗教的な死生観によるところもある、と僕は思う。キリスト教では、自殺は「罪」である。それに対して、日本で広がる多くの仏教的な教えでは、善い行いをしていれば「極楽浄土」に行けると解釈している人が多いようだ。だから、どうしようもない状況に陥ったときに「死んで楽になる」という発想を持ちやすい。日本人に「自殺」が多いのは、宗教的背景もあるのだろう。

僕自身は、死にたいと思ったことは一度もない。僕は悩み続けることができないのだろう。問題が起きてしまっても失敗しても、「どうにかなる」と考えてしまう。いくら悩んでも、何も変わらないと思っているのだ。

そんな考えをもつ僕だからこそ、いままさに危機に直面し、苦しんだり悩んだりしている人にあえて言いたい。死なねばならない理由なんて、人生には絶対ないのだ。経済的な問題で苦しんでいる人もいるだろう。恋愛の問題で悩んでいる人もいるだろう。人間関係でつまづいている人もいるだろう。だが、どこかに必ず打開策はあるのだ。

ところで、あまり報じられないことがある。戦後、日本人の自殺者は増え続けている。その「増えている分」はほぼ男性なのだ。たとえば、内閣府や厚生労働省が発表する数字を見れば一目瞭然だ。平成9年までは、自殺者数は2万人から2万5千人の間を推移している。ところが、平成10年に突如、3万人を突破する。この推移を男女別でみてみよう。女性の自殺者数は1万人弱とほぼ横ばい、男性の自殺者数だけが急増したのだ。

そもそも人口比率から考えると、女性の自殺率は低い。動物としてオスとメスの強さの違いがあるのかもしれない。やはりオスに比べてメスのほうが、たくましく、打たれ強いのだろう。

だが、それだけではないと僕は思っている。男性の自殺者数が急増した背景には、確実に経済的な問題があるはずだ。倒産や失業による経済的な困窮、過労による精神的なストレスなど、さまざまな原因がある。

たとえば、中小企業の経営者だ。経営に行き詰まって融資を受ける際に、経営者個人の資産を担保にされる。ここが日本の大問題なのだ。こんなことをする国は、先進国では日本くらいだ。経営に失敗すると個人資産までも一切合財失うことになるのだ。アメリカでは経営に失敗してもまたいちからやり直すことができる。対して日本では、一度の失敗で人生が終わる。だから自殺するしかない、という発想になってしまうのだ。

日本経済を活性化させるためには、いまある規制を取っ払って、どんどん市場を自由にしないといけない、と僕は考えている。同時に、失敗した人たちがもう一度、再起できる社会に変えていかなければならないと思っているのだ。日本経済の再生にはこの両輪が必要なのである。

政府は、アベノミクスの3本目の矢である「成長戦略」を6月までにまとめる。中心となるのが産業競争力会議だ。民間からの委員に、ローソンの新浪剛史社長とともに、小泉政権の構造改革で司令塔だった竹中平蔵さんが選ばれた。その竹中さんに、これら重要な問題をどう思っているのか、どうすればいいのかを僕はとことん聞いた。そして、近いうちにみなさんに紹介したいと思っている。

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サッチャー元首相の死に思う、国を建て直すリーダーには何が必要か?

1979年から11年間の長きにわたり、イギリスの首相を務めた、マーガレット・サッチャーさんが4月8日に亡くなられた。ご冥福をお祈りします。

僕は、サッチャーさんにインタビューしたことがある。彼女は、「鉄の女」という異名にたがわず、非常に率直な発言をする方だった。最も印象に残っているのは、「私には後悔という言葉はない」とはっきり言い切った言葉だ。

サッチャーさんの最大の業績は、「イギリス病」を荒療治するため、サッチャリズムと呼ばれる大胆な改革を推進したことだろう。当時のイギリスは、「ゆりかごから墓場まで」という言葉に象徴される、手厚い社会保障政策を行っていた。こうした政策は、財政にとって重すぎる負担となっていた。そのうえ、手厚い社会保障は国民に「甘え」を生じさせる。その結果、経済は低迷していた。イギリスは病んでいたのだ。

そこでサッチャーさんは、「まずは国民一人一人の自助が必要」という方針を徹底させた。「大きな政府」から「小さな政府」への軌道修正である。これらの改革は、貧富の格差拡大といった負の影響ももたらした。だが、イギリスが、90年代から経済成長する基盤を作り上げたのである。サッチャーさんの改革が、当時よく似た状況にあったアメリカや日本に大きな影響を与えたことは、よく知られている。同じ時期にアメリカのレーガン大統領は「レーガノミクス」を行い、日本では中曽根康弘首相が国鉄、電電公社、専売公社の民営化を行った。

このサッチャーさんの政策の理論的主柱となったのは、フリードリヒ・ハイエクである。ケインズ、シュムペーター、フリードマンらと並び称される20世紀の偉大な経済学者だ。ハイエクは1899年、オーストリアに生まれた。青年期のハイエクは、1917年にロシアで起きた、2月革命と10月革命を目の当たりにする。その後、1930年代には、そのソ連で「大粛清」が起きる。一方、ドイツでは1933年にヒトラー政権が誕生する。彼は、オーストリアが脅威に直面した時代を生きてきた。

ハイエクの理論が、一貫してこうした全体主義の流れに抗うものになったのは、当然のことだろう。ロシアや、ナチスドイツが標榜する「平等」という言葉は一見美しい。だが、それは危険な「隷属への道」である。自由と個人主義を貫くことこそ必要、と彼は論じ続けたのだ。ハイエクの理論が正しかったことは、現在までの歴史を見れば一目瞭然だろう。

サッチャーさんの訃報を耳にしたとき、僕はこうしたさまざまなことを考えた。そして改めて感じたことは、イギリスという国の奥の深さだった。

例えば、ロシア革命のよりどころとなった、思想家マルクスだ。ドイツ生まれのマルクスは、共産主義活動に身を投じイギリスに亡命した。ドイツはマルクスの身柄の引き渡しをイギリスに強く要求するのだが、イギリスは断固として拒否する。要求に応じれば、マルクスの身の安全が保証されないからだ。「言論の自由」は守らねばならぬ、という考えが徹底されているのだ。その後、マルクスは、歴史に残る『資本論』をロンドンで書き上げている。

2012年、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』という映画が日本で公開された。サッチャーさんの伝記映画である。実はこの映画では、サッチャーさんが晩年認知症になる様子まで描かれている。僕はこれを観て、やはりイギリスの凄みを感じた。日本にも著名な政治家を描いた映画やテレビドラマは少なくない。だが、ここまで赤裸々に人物を描き出すことがあるだろうか。

このように、政治的に成熟した国、徹底的に自由を追求する国、それがイギリスである。だからこそ、サッチャーさんのような傑出した人材も生まれたのだろう。

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仮釈放されたホリエモンに会ってわかった!「刑務所は堀江貴文の何を変えたか?」

3月27日の朝8時ごろ、僕の携帯電話が鳴った。電話に出ると、声の主がこう答えた。「ホリエです、ホリエタカフミです」。寝起きでぼーっとしていたが、思いがけない声を聞いて、いっぺんに目が覚めた。いや、そんなはずはない。「堀江さんは、まだ長野の刑務所にいるはずじゃないか」。咄嗟にそう聞くと、彼は答えた。「さっき仮釈放になりました」。声は心もちはずんでいるように感じた。堀江さんは仮釈放されたその足で、僕にいちばんに電話をしてくれたのだ。刑期は11月までだったが、7か月も早く仮釈放になったという。

僕は、2011年6月に堀江さんが収監される直前に対談していた。その対談は『ホリエモンの最後の言葉』として出版している。その本の中で僕は、「出所するときは必ず迎えに行く」と堀江さんと約束していた。そのときが、思っていたよりもずっと早くやってきたのだ。「いや、本当によかった」。僕は心からそう言って、早々の再会を約束したのだ。

数日後、堀江さんに会った。そしていろいろな話をした。堀江さんと再会して僕が強く感じたのは、「堀江さんは変わった」ということだ。そして、やはり堀江さんは非常に面白いということだった。ネットの世界には、有能でユニークな人材はたくさんいる。その中でも堀江さんは能力もスケールもダントツだ。

堀江さんは、刑務所生活の間、メルマガの発行を続けていた。所内でパソコンは使えないため、手書きで記した原稿を郵送し、外にいるスタッフが入力してメルマガとして配信していたのだ。規則だから仕方がない。とはいえ、手間も時間もかかる。

無駄だらけの刑務所生活を実感して、塀の外にたくさんある無駄を堀江さんは考えた。たとえば、既存メディアだ。日本で記者会見を開くと、通信社と各新聞社の記者が来る。彼らは同じ「情報」に接し、同じ記事を書く。けれど、アメリカを例にすると、通信社が「情報収集」して配信し、新聞記者はそれを「分析・解説」する。通信社と新聞社で役割分担がはっきりしているのだ。

一方、日本の新聞社は、「情報収集」をするのだが、「分析・解説」がほとんどない。さらに言えば、印刷したものを宅配するという膨大な手間とコストをかけている。だが、ネットならば、この無駄が省ける。もっとローコストでこの世界に参入することが可能なのだ。このメディアに堀江さんは、まず革命を起こしたいと言う。彼なら、きっとできるだろう。

堀江さんが語っていたなかでもうひとつ印象的だったことがある。堀江さんは、所内で高齢の受刑者の介護をしていた。堀江さんは気づいた。年を取った受刑者には、歯がボロボロであったり、体の手入れがまったくできていない、そういう人が多かったそうだ。そして、彼らの多くは刑務所を出たり入ったりしていた。再犯率が高いのである。彼らは貧しさから罪を犯し、捕まって刑務所に入る。だが、刑期を終えて出所してもまともな仕事につけずに、また犯罪を繰り返す――。こうした負のサイクルを目の当たりにしたのだ。

このことを僕に語った堀江さんは、「このままではいけない、なんとかしたい」と漏らしたのだ。かつて「ホリエモン」と呼ばれ、世間を騒がしていたころの彼とは明らかに変わっていた。

逮捕される前の堀江さんは、常に世間を騒がせていた。ニッポン放送株買収、球団買収、そして衆議院選挙立候補など。これらは既得権益への挑戦だった。そして、その根底には、堀江さんの熱い思いがあったと僕は思っている。だが、堀江さんには大事なことが欠けていた。自分の思いをみんなに伝えよう、自分の考えをわかってもらおう、という努力をまったくしなかったのだ。だから多くの誤解が生まれた。そして、「見せしめ」として、あの逮捕につながったのだと僕は思っている。

いま、堀江さんと話をしていると、彼が自分のしたいことや考えていることを「わかってほしい」とちゃんと伝えようとしているのを感じる。「堀江さん、変わった。刑務所っていいところだね」と言うと、彼は笑っていた。

当時、僕は堀江さんの事件について、取材を重ねた。その結果、堀江さんは冤罪だと思った。そして今回、仮釈放された彼に聞いた。事件について、「検察についてどう思うか」と問いかけると、こう答えた。「田原さん、もういいんですよ」。堀江さんの目は、いま前しか向いていない。前に向かって走リ始めようとしているのだ。

収監前の対談で、彼は宇宙に行く夢を語ってくれた。その夢が実現したとき、堀江さんの宇宙船で僕を宇宙に連れて行ってくれるという約束もした。その日まで僕も、走り続けていかなければと強く感じた。

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「1票の格差」を放置した真の犯人は誰だ?

3月25日、広島高裁で画期的な判決が出た。昨年12月の衆院選での選挙の無効を求めた訴訟で、「無効である」という判決を出したのだ。

衆院選の「1票の格差」は、この20年間、最大で2倍台で推移している。2009年の衆院選挙は、最大で2.30倍だった。この「1票の格差」に対して、2011年、最高裁で「違憲状態」という判決が出ている。「違憲状態」とは、憲法が要求する平等に反する状態にあるが、是正に必要な合理的期間は超えていないということだ。ところが昨年12月の衆院選の「1票の格差」は、最大2.43倍になっていた。

この格差での選挙は「無効だ」と司法が判断したのだ。「違憲状態」「違憲」という判決がこれまでも出ていた。だが、選挙そのものを「無効」としたのは初めてのことだ。司法が一歩踏み込んだ、と言えるだろう。裁判長は筏津(いかだつ)順子さんだ。やはり女性のほうがしがらみがなく思い切りがよいのかな、などと考えてしまった。

ただし、広島高裁の「選挙無効」の判決には条件が付いている。区割り改定作業を始めた、昨年11月26日から数えて1年後にあたる今年11月26日を過ぎた段階で「無効」とするという猶予を設けている。ところが翌26日、広島高裁岡山支部は、さらに踏み込んだ判決を出した。同じく「無効」としながら、猶予を設けず、判決確定で無効になると言い渡したのだ。とはいえ、原告である選管は上告し、最高裁で審議されるだろうから、まだどうなるかはわからない。だが、この司法判断は正しいと僕は強く思っている。

今回の「1票の格差」訴訟で、メディアの報道に対して僕は大いに文句を言いたい。判決に対して新聞各社は一斉に、「政治の怠慢への司法からの警告」と鬼の首をとったような騒ぎだ。しかし、メディアは忘れてしまったのか。忘れているなら、バカにもほどがある。覚えていながらこのような報道をするのなら、とても卑怯なことだ。

区割り改定作業を昨年11月に始め、「1票の格差」を本格的に是正しようとしたのは、野田佳彦前政権だった。野田さんは「1票の格差」を是正する区割りに改定しようとしていた。改定案をまとめてから、解散しようとしていたのだ。ところが、当時、大きな問題があった。消費税増税だ。

自民党総裁の谷垣禎一さんと話をして、「近いうちに解散する」という条件で、消費税法案に賛成させようと野田さんは説得した。これに谷垣さんは合意した。ところが、ここで「近いうちとはいつか」という問題が浮上したのだ。自民党は勝てるうちに、つまりなるべく早い時期に解散をしたかった。だから、解散時期がはっきりしない約束をしたことで「谷垣さんは間抜けだ」ということになった。結局、谷垣さんは総裁選に出馬することができなくなったのだ。

一方、いつまでも解散しない野田さんを、自民党だけでなくメディアも「嘘つき」呼ばわりした。それでも、さまざまな非難や逆境に野田さんは耐えた。しかし、野田さんは、真面目を信条に生きてきた人だ。「嘘つき」の大合唱に、ついには耐えきれなくなったのだろう。新しく自民党総裁になった安倍さんとの党首討論で「解散」を約束して、野田さんは首相の座をおりることになった。そのため、「1票の格差」の是正を成し遂げることができなかったのだ。

こうして振り返ると、どう考えても「1票の格差」の問題は、メディアにも大いに責任があると言っていい。それなのに、すべてのメディアは、広島高裁で「無効」判決が出た途端、「政治の怠慢」の大合唱だ。政権を批判すればいい、それが正義だというのは、メディアの姿勢としておかしい、と僕は思う。批判すべきは批判しなくてはならない。だが、その批判は政治をよくするものでなくてはならない、少なくとも僕はそう自戒したい。

さて、先日、このコラムで「尖閣国有化の前に、外務副大臣が密かに訪中していた」と書いた。この内容に対して、信頼する人物から間違いだという指摘を受けた。 コラムでは、実名を出さなかったが、外務副大臣とは民主党の山口壯衆議院議員のことである。山口氏に確認しないまま記事を書いたことも含め、率直におわびします。

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なぜ対日強硬路線か? 中国新国家主席・習近平が抱える「3つの恐怖」

3月17日、中国で全国人民代表大会、いわゆる全人代が開催され、習近平氏が国家主席に就任、「習近平体制」が発足した。この新体制に対して翌日の朝刊各紙は、一斉に「対日強硬路線」と報じた。尖閣諸島をめぐる問題などを背景に、中国は武力行使も辞さない姿勢を続けるだろう、というわけだ。だが、本当にそうなのか。

いま中国は、高度成長の真っただ中にある。実はこの高度成長にもっとも貢献している国は、日本なのだ。このことは中国側もはっきりと認めている。中国の成長への貢献の割合は、日本が約6割だと言われている。ちなみにアメリカが約2割、韓国は1割に満たない。国民に経済成長を約束している中国にとって、日本の存在が不可欠なのは、間違いない。

その日本に対して、中国が戦争を仕掛けてくるはずがない。当然、アメリカを相手に戦争をするはずもない。それなのになぜ、習近平氏は演説の中で、いまにも戦争を仕掛けるかのようなことを言うのか。

実は、中国政府は危機感を持っている。挑発的な演説は、この危機感の表れだと言っていいだろう。なによりも軍部に気を遣っているのだ。武力を独占する軍部がクーデターを起こして、政権をひっくり返すことは歴史上、多くの国で見られる。そのことを中国政府は恐れているのである。

そしてもうひとつ、国民が怖いのだ。中国には「言論の自由」がない、とよく言われる。だが、そんなことはないと僕は思っている。いまの中国には、確実に「言論の自由」が育っている、と実感しているのだ。

「日中ジャーナリスト交流会議」という、中国人ジャーナリストとの交流を、僕は続けている。年に2回、日本と中国で交互に開催し、2012年6月には、沖縄の地で7回目の会議を開いた。この会議の第1回目のとき、「中国は、経済は自由だが、政治は違うじゃないか」と中国人ジャーナリストに言ったことがある。僕の言葉に、彼らは顔色を変え、「そんなことを言うなら帰る」と怒りを露わにして席を立ってしまった。ところが5回目くらいから雰囲気が変わった。同じ質問を彼らにぶつけると、「おっしゃるとおりだ。だが政治もどんどん変わる。民主化、言論の自由を考えると、いずれ中国も多党制になるのがいいと思う」とまで言うようになった。

共産党一党支配の国で「多党制が理想」と言えるまでになったのだ。もちろん「制限付きの自由」である。「微博(ウェイボー)」という中国版のツイッター上では、発言のおよそ8割が政府批判だという。力で押さえつけすぎて中東のようなクーデターが起こるより、適当にガス抜きをさせたほうがいいという判断である。政府は「批判」までなら許しているのだ。だが、許されるのは「批判」までで、「政府を倒そう」「集まろう」というような行動を伴う書き込みは許されていない。

さらに付け加えれば、世界から孤立することも中国は恐れている。アメリカ主導で進められているTPPは、中国はずし以外の何ものでもない。世界からの孤立、軍部、そして国民の不満に対する怖れ。国内外に溢れるさまざまな「不安」から、今回の強硬な演説になった。「強気」なのではない。「強がり」なのだ。

今回の新体制でひとつ、日本にとってよい材料がある。駐日大使を務めていた王毅さんが、外相に就任したことだ。僕は、彼と何度も会って、食事をともにしたことがある。王毅さんは、非常に聡明な知日派だ。彼の外相就任は、日本の対中国外交にとって、たいへんよいことだろう。

それにしても、中国という国家は経済と政治のねじれ現象がどんどん大きくなっているように見える。昔と違って、いまは海外からどんどん情報が入ってくる。その情報をすべて規制するのは不可能だ。民主化の流れを止めることはもはや難しいだろう。

それでは中国は、どうやったら血を流さずに民主化していくのか。習近平新体制がどのようにソフトランディングするかを僕は注意深く見ていきたい。

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直接、会って話してわかった、安倍首相の「本音」

僕が司会をする番組「激論!クロスファイア」に、安倍晋三首相が出演した。
番組始まって以来の、現役首相の出演だ。しかも生放送である。

番組での安倍さんは、終始落ち着いていて、自信に満ちているようにみえた。
その自信の根底には、もちろん「アベノミクス」に市場が反応していることが
挙げられるだろう。
首相に就任する前、1ドル70円台まで円高は進んでいた。
いま1ドル95円前後だ。株価も1万2千円を超えている。

ただし、安倍さんは、具体的な経済対策を実施したわけではない。
あくまでも、こういう経済対策をすると打ち出しただけだ。
言うまでもないことだが、これからが本当の勝負なのだ。

一方、普天間基地移転問題にも、自信を持っているように見えた。
担当大臣である山本一太さんが沖縄側と信頼関係を築いていて、
辺野古の埋立申請についての話し合いが、進んでいるからだろう。

そもそも民主党政権以前の自民党政権の時代には、沖縄の県知事や名護市長たちは、
普天間基地を辺野古へ移すことに賛成していた。
自民党の野中広務さんたちが、地元の人たちの理解を得るために、沖縄まで
何度も足を運んだからだ。
まるで沖縄で暮らしているかのように、精力的に通っていたのだ。
ところが、民主党政権、とくに鳩山由紀夫元首相は、その関係を壊してしまった。
この壊れてしまった信頼関係を、安倍さんは再構築することができるのではないか。
安倍さんは、「信頼関係」という言葉を番組で何度も口にしていた。
これも自信の表れなのだろう。

そして、憲法改正の問題である。安倍さんは新憲法制定を目指してきた。
そのために、首相に就任したら、まず憲法第96条の改正から手をつけるだろうと
言われてきた。
憲法を改正するためには、衆参でそれぞれ3分の2以上の国会議員の賛成が必要だ。
それを半数の賛成で改正できるようにする。もちろん憲法第9条を変えるためだ。
ただし、安倍さんは、第9条第1項「戦争の放棄」の改正には反対である。

安倍さんは、右翼に近い考え方を持っている、と言われている。
けれど一方で、とてもバランスのよい考え方も持っている。
だから僕は、安倍さんに、
「あなたは、保守本流だという意識を持ち、両足をしっかり大地につけ、右や左の
現実味のない理想には目を向けるべきではない」
と言っている。

この夏の参院選で自民党が勝利すれば、安倍さんは憲法改正に本格的に
取り組むのではないか、という見方がある。
だが、番組で安倍さんと話をして、そんな心配はないと感じた。
参院選で勝利したとしても、安倍さんは経済再生といった目の前の問題解決のための
政策を続けていくだろう、という印象を僕は持ったのだ。
これは日本にとってよいことだ。
そして安倍さんという人間は、この正しい判断ができる人だと僕は信じる。

いま、市場の反応がよいこともあって、安倍さんを批判したり、強くものを
言う人はいない。
だからこそ僕は、安倍さんに対して、いままで以上に厳しい意見を言い、
どんどん発言していきたい、と思っている。

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入院中のベッドの上で考えた【その2】、理想論と現実論、相反する問題解決に何が必要か?

3月7日に無事退院しました。みなさんには本当にご心配をおかけしました。
お見舞いや励ましのお言葉、ありがとうございました。

さて、入院中、ベッドで大人しくしていると、普段は気にも留めていなかったことが
気にかかったりする。たとえば新聞の記事だ。
いま国会で侃々諤々の議論が繰り広げられている、TPPについての記事だ。
僕はそれを読んで、いくばくかの違和感を覚えた。
TPPに反対する理由として、「震災後、循環型地域社会を目指す日本にとって」と
いうようなことが書かれていたのだ。

「循環型地域社会を目指す」といえば、たしかに響きはよい。
だが、その言葉は何を意味するのか。
いうまでもなく、地域内で食糧もエネルギーも自給自足していく、ということである。
だが、そんなことは果たして可能なのか。そもそも、そんな社会を目指したら
日本は貧しくなるだろう。
もちろん、それぞれの地域が自分の地域の農産物などを大切にすることに、僕は大賛成だ。
けれど、それは地域社会という狭い範囲の考え方である。

この記事はひとつの例にすぎない。このように口当たりのよい言葉が、
あらゆるところに見受けられる。
耳にやさしい、一見、受け容れやすそうな発言をする論者が、いまだに多くいるようだ。
現実をしっかりと見ていれば、こんな発言はできないはずだと僕は思う。

現実は甘くない。
だから、現実を見すえた議論からは、口当たりのよい言葉で言い表せるような結論が
生まれるはずがない。
気迫に満ちた議論の過程では、人心を惑わす優しげな言葉は、ふり落とされるものだ。

徹底した議論こそが、現実に即した、堅実な答えを導き出すことができる。
僕はこれからも厳しく議論を重ねていきたい。
そうして初めて、現実の厳しさに向き合える答えを出していけると思うからだ。

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入院中のベッドの上で考えた、日本の教育の「病巣」

僕はいま、入院している。
そのことをツイッターに書いたところ、多くの人にお見舞いの言葉をいただいた。
改めてここで御礼を申し上げます。ありがとうございます。
僕の身の上に起きたことを簡単に話します。

2月23日夕方、近所で転んで、救急車で病院に運ばれた。どうも「食あたり」だったらしい。
入院してからずっと点滴を続けていて、ここ数日でだいぶ回復してきた。
27日には病室でラジオの収録もしたし、翌日は一時外出でラジオ出演もしてきた。
もうそろそろ退院できるだろう。

先週の2月22日金曜日は、月1度の「朝まで生テレビ!」の日だった。
実は、その数日前から僕は調子が悪かった。
会食をした後、帰宅して寝ようとすると吐き気が止まらず眠れない、そんな日があった。
それにもかかわらず僕は、帯広、熊本、沖縄、大阪、青森と、日本全国を飛び回っていたのだ。

そして22日のことだ。「朝まで生テレビ!」の放送が始まったが、どうにも具合が悪い。
後で知ったことだが、本番のときに、番組のスタッフにそうとう心配をかけたようだ。
なんとか放送を乗り切り、ホテルに戻ったが、まったく眠れない。睡眠薬を飲んでもダメだ。
仕方がないので、朦朧としながら自宅に帰ったのだが、やはり具合はよくならなかった。

そこで、僕は余計なことをした。本当に具合が悪いのか歩いて確かめよう、と思ったのだ。
そして、外に出てみたのだが、十数歩、歩いたところで倒れてしまった。
幸いにも近所の方が助けてくださり、なんとか立ち上がることができた。

ところが、そのとき僕はもう一度、外に向かって歩き出したのだ。
こんなとき、家に戻ろうとしないで、逆に外に向かうのが僕という人間なのだと、
我ながらあきれる。
だが、今度は二十数歩、歩いたところで意識を失ったらしい。
倒れている僕を警備員さんが見つけて、救急車を呼んでくれた、というわけだ。

僕は好奇心が非常に強い。
面白そうなことがあると、何にでも興味をもってしまうため、
この歳になってもますます忙しくなっている。
だから、体が悲鳴をあげて「少し休みなさい」と言った、ということなのかもしれない。

さて、その「朝まで生テレビ!」は、「教育」をテーマに激論をした。
ここにきて、「体罰」「いじめ」といったさまざまな問題が噴出してきている。
その根本に「戦後教育」があるのは、間違いないだろう。
そして、戦後教育を振り返ると、「教育委員会」というものに突き当たる。

太平洋戦争が終わったとき、日本を占領したアメリカは、
なぜ日本が「侵略戦争」をしたのかを考えた。
そして、国家が国民を教育していることに理由を見出した。
「国家が教育をするから悪いのだ」と考えたのだ。そこで
アメリカのような“民主的”な教育委員会を設けた。
各自治体ごとに選挙で教育委員を選ぶという制度だ。

ところが、日本人は教育というものに熱心ではなかった。
というより、教育は「お上」がしてくれるもので、教育行政に自分たちが参加するという意識が
なかったのだろう。だから教育委員に誰も立候補しないし、当然、投票率も低かった。
一方、共産党や社会党などの革新系の人たちは教育に熱心だった。
というより、「国家」がすることにとにかく熱心に反対する。
だから、どうしても彼らが当選することになるのだが、それはまずいということで、
教育委員は任命制度になったのだ。つまり名誉職である。

いま、教育委員長はたいてい、退職した校長などがなっている。
現役の校長たちにとって、教育委員長は先輩ということなるから、どうしても遠慮が出てしまう。
教育委員会も「自分たちがやる」という意識が低いので、役に立たない。
だから、大阪の橋下徹市長は、教育委員会への関与強化を進めているのだ。

教育問題について、安倍晋三総理も非常に熱心である。
平成18年、第1次安倍内閣では、「教育再生会議」を設置し、教員免許更新制導入や
教育委員会への国の関与強化などを実現させた。
いわば「政治主導」で改革の方向性を示し、提言を打ち出した。
安倍さんの教育改革は、教育を教育委員会から「国家」の手に戻そうとするものだ。

僕は、それを完全に否定するわけではない。
けれど、僕が実際に取材をした東京の杉並区立和田中学校や三鷹市立第四小学校では、
地域の人びとも参加して新しい教育の形を実現していた。
このような学校をつぶしてはならないと僕は思うのだ。

今回の「朝まで生テレビ!」にはその和田中学校の元校長、藤原和博さんが出演してくれた。
小学校で実際に教えていた乙武洋匡さんも話をしに来てくれた。
実のある話になるはずだったが、僕が体調不良であったため、うまく仕切りができず、
いまひとつ議論を深めることできなかった。とても残念だ。

教育は日本の将来を左右する、非常に大切な問題だ。このような問題こそ、
活発な議論が必要である。番組ではこれからも教育問題を取り上げていきたい。
そして、みんなが喧嘩になるぐらいの激論をしたいと思っている。

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