カテゴリー別アーカイブ: コラム
僕には納得できない
田原総一朗です。 小沢さんの出馬表明を知って驚いた。 鳩山さんが繰り返し、菅首相支持を表明し、 小沢さんの不出馬を前提に菅・小沢の間を調整すると強調していたので、 僕は、「小沢出馬はない」と強く思っていた。 ところが、鳩山さんは一夜で菅支持から小沢全面支持にひっくり返った。 先日、都内のホテルで鳩山さんとばったり会った。 鳩山さんはえらく怒っていた。 その日、鳩山さんは菅さんに「挙党体制で行こう」と求めて、断られたらしいのだ。 問題はその挙党体制の中身だが、鳩山さんは、小沢不出馬の条件として、 小沢さんの幹事長就任、そして仙谷官房長官の更迭を強く求めたようだ。 これでは、菅さんはのれるわけがない。 或いは鳩山さんは、菅さんがのめない事を承知で求めたのだろうか。 もちろん小沢さんが鳩山さんに要請したのだろう。 それにしても、なぜ小沢さんは出馬にこだわったのか。 1週間ばかり前、民主党のある議員に 小沢さんの出馬に対するこだわりについて聞いた。 「このままでは小沢さんは政治と金の問題で 汚れた政治家で終わってしまう。 小沢さんは、検察が取り上げた事件については 白だと確信している。 だから、身の潔白を国民に認知させる為には 代表選に出馬して勝つしかないと思っている」 と言うのである。 小沢さんの気持ちはわからないではない。 しかし、身の潔白を認知させる為に出馬すると言うのでは、 民主党のあるべき姿も、この国の事も考えてない、という事になるのではないか。 小沢さんは色々論理を組み立てるだろうが、僕には納得できない。
8月15日
また8月15日がやってくる。 1945年8月15日、これが僕の原点である。 僕は小学校の5年生だった。 5年生の1学期まで先生や校長先生や偉い人は皆、 「この戦争は侵略国、米英に対する正義の戦いである」 と毎日のように強調し、 「君らは、天皇陛下の為に死ね。大東亜共栄圏の捨石になれ」 と教えられた。 ところが、夏休みに戦争に負けた。 すると、同じ先生達が2学期には 「日本の戦争は侵略戦争だ。戦争を起こした人間達は犯罪者だ」 と一説した。 価値観が180度変わったのである。 先生に 「5年生の1学期まであの戦争は正義の戦争だったのではないか」 と言うと、先生は 「そんな事は絶対口にするな。日本は悪い国なのだ、そう思わないと君らの人生はないぞ」 と言われた。 この時から 「偉い人の言う事は信用できない、 特に偉い人が大きな声で言う事は信用できない、 世の中の常識は信用できない」 と思うようになった。 これが僕の原点だ。 その事が、僕がジャーナリストとしての 道を選んだ要因になっていると思う。
民主党のシナリオとは?
参院選で有権者は、民主党を敗北させた。 だが、その結果、政界はバラバラとなり 民主党は全く法案が成立できなくなった。 必然的に政界再編が迫られる。 みんなの党は10議席と多いに勝ったが、思惑が狂った。 民主党が51、52に留まっていれば、 みんなの党と組めば法案が成立したのだろうが 負けすぎたのでみんなの党と組んでもダメである。 小沢一郎さんが自民党との大連立を 図る可能性もなきにしもあらずだが、 検察審査会の議決はたぶんクロと出るので 表立っては動けない。 菅さんも責任問題に蓋をしたままなので 大きな動きはできないだろう。 民主党は、どこへ向かうのだろうか?
大衆の時代が終った
どのテレビ局もCMが減って非常に困っている。 新聞社も同じ事が言える。広告の数がどんどん落ちている。 その大きなきっかけは一昨年、アメリカのサブプライムローンの破綻に端を発して金融大パニック、そして実態経済も大不況となった。 それが世界中に広がり、日本も大きな影響を受けた。 そこで企業の業績が悪化し、とにかく出費を削減すると言う事で広告費が急激に減ったのだが、一年たって企業が前向きになっても広告費の落下は止まらない。 実は不況のせいではなく、消費者のニーズが大きく変わったのである。 例えばあるコンビニの経営者が言った。 大手のコンビニだが、このコンビニはテレビのCMを激減させた。 理由はなぜか。 テレビのCMはそのコンビニの存在を知らない人、そのコンビニがどんな商品を扱っているかを知らない時には極めて有効であった。 つまりコンビニの種類、店舗の数が少なくてまだ開拓すべき地平が広がっているときにはテレビでどんどん宣伝する必要があった。 しかし今やコンビニが市場を埋め尽くした。新たに開拓できる地平はない。 消費者は、或いはセブンイレブンにいきローソンにいき、ampmにいきサンクスに行く。いわば、色々なコンビニに浮気をしていく。 例えばセブンイレブンにすれば、ローソンやサンクスやampmなどに浮気をしているお客さんを、いかにセブンイレブンに集中させるか、つまりセブンイレブンだけに来るようにさせるかということが最大の課題になっている。 一度来店したお客さんにいかに満足してもらい、リピーターになってもらうか、ということである。 来店したお客さんにいかにサービスをよくするか、お客さん達のニーズをいかによく知るかそして値段をいかに安くするか、ということが課題になり、マス広告の意味がだんだんなくなるということである。 マスの時代が終り、かつて電通の藤岡和賀夫氏が言った「少衆の時代」が始まったのである。 大衆の時代ではなく少衆の時代になったのである。この少衆にどう対応するか。 大企業であればあるほど対応が難しくなる。どこも頭を痛めている。 何よりも頭を痛めているのはテレビ局や大新聞などマスコミである。新聞やテレビが始まって以来の危機がやってきた。 ここをどう生き延びるか、それは私自身の問題でもある。
『崩壊自民の裏のウラ』(2)……自民党支配の終焉
前回に引き続き、『崩壊自民の裏のウラ』(朝日新聞出版刊)の話だ。 本書に載せた『週刊朝日』のコラム「田原総一朗のギロン堂」を書いた期間は、2006年7月から08年10月だ。「自民党支配の終焉」と題した冒頭20ページほどと、小沢一郎、福田康夫、安倍晋三についての小論各2ページは、2009年2月に書き下ろしたものである。 06年7月~08年10月というわずか2年ちょっとの間に、日本はなんという大激震に見舞われたのかと、できあがった本を手にして改めて思う。 しかも、この間に日本には、小泉純一郎(06年9月まで)、安倍晋三(07年9月まで)、福田康夫(08年9月まで)、麻生太郎(現職)という4人の内閣総理大臣がいたのである。 小泉は2001年4月から5年5か月、戦後首相では佐藤栄作、吉田茂に次ぐ歴代第3位の長期政権だからいいが、安倍と福田はわずか1年で政権を放り出してしまった。本を1冊出す間に首相が3回も交代するのでは、おちおち政治の本も書けないではないか。 それはともかく、私は書き下ろしの論考に「2009年は衆議院総選挙の年である。自民党と民主党の対決を軸とする今回の総選挙は、日本では半世紀ぶりの、きわめて劇的で、スリリングな選挙になるはずである」と書いた。自民党の弱体化についても、利益配分政治の限界、自民党派閥の解体、世襲議員の氾濫という三つの理由を挙げて論じている。 みなさんには、この本に記した分析や考え方を手がかりに、日本の政治の現在についてじっくり考えてもらいたいと思うのだ。
『崩壊自民の裏のウラ』(1)・・・コラム「田原総一朗のギロン堂」が本に
私は『週刊朝日』で「田原総一朗のギロン堂」というコラムを連載している。 永田町の問題、つまり政治の話が多いが、国内政治以外にも国際、経済、社会、メディアなど、そのときどきで「いま、この問題についてどうしても発言しておかなければ」と思うテーマがあれば、なんでも書く。 改めて振り返ると、メディアの問題を論じた原稿が、けっこう回を重ねている。私は、自らの身を安全地帯において政府批判ばかり繰り返し、自ら提案をしないメディアの姿勢をきわめて問題だと思っているから、そのことを繰り返し書いている。天皇、憲法、戦争と平和、若者などについても、折に触れて発言している。 テレビ朝日『サンプロ』をはじめとするテレビの仕事は、まさに生放送。「いま」が命だから、どうしてもめまぐるしく変わる状況に反応し、瞬間瞬間にこだわることになる。ところがコラムでは、若者がふと漏らした一言に「おやっ」と思い、2、3日あれこれ考えさせられて1本を書き上げるということがある。書くことは考えをまとめるのに欠かせない作業なのだ。だから私は、『週刊朝日』の連載をとても大切にしている。 このコラムが2年分ほどたまったので、本にした。それが『崩壊自民の裏のウラ』(朝日新聞出版刊)である。 毎回の原稿に、書いたときの状況などを解説するリードをつけ、冒頭に次の総選挙の意味を考える論考を加えてある。この2年を俯瞰できるようになっているので、連載の読者にも是非、手にとってもらいたいと考えている。
琵琶湖塾(4)
2008年度の琵琶湖塾にお呼びしたゲスト講師は、詩人・作家の辻井喬(堤清二)さん、日本映像事業協同組合理事長・笑いと健康学会会長の澤田隆治さん、外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一さん、作曲家の三枝成彰、衆議院議員・民主党副代表の前原誠司さん、外科医・国境なき医師団日本前会長の臼井律郎さん、叡山学院院長の堀澤祖門さんの7人。第2回に予定していた衆議院議員・自民党政務調査会長の谷垣禎一さんは、政治日程で残念ながら急遽欠席。この回は私一人でやった。 2009年度の琵琶湖塾は、現在ゲスト講師が固まりつつある段階で、第1回は2009年7月8日(水)午後6時45分から、作家で外務省起訴休職外交官の佐藤優さんに来てもらう。少しでも長く議論をしたいから、スタート時刻を15分早めた。佐藤さんとは、2007~08年に長い対談をしてアスコム『第三次世界大戦』(左巻・右巻)にまとめたが、この評判がとてもよい。新年度の琵琶湖塾は、初回から極めて刺激的な話を聞くことができるはずだ。佐藤さんのほか、医師の鎌田実さん、政治ジャーナリストの岸井成格さん、経済ジャーナリストの財部誠一さんが決まっている。 メイン会場は大津市のピアザ淡海《おうみ》「ピアザホール」だが、年に2回は彦根市の滋賀県立大学「交流センター」で開くことになっている。琵琶湖塾の塾生は、年間パス(一般1万8000円、学生半額)を申し込んでいただくが、彦根の2回は「公開琵琶湖塾」ということで、一般の方も入場できる(一般1000円、学生半額)。 5月11日には滋賀県の知事公館で、2009年度琵琶湖塾開講の記者会見をする。その記事が新聞などで紹介される翌日以降、申し込み受付がスタートする予定だ。ゲスト講師と日程が確定したら、またこのブログで紹介したい。来年度も多くの塾生に参加していただき、熱い議論を交わすことを楽しみにしている。よろしくお願いします。 【了】
琵琶湖塾(3)
夜8時45分からの車座集会には、堀澤祖門師も加わっていただき、私と坂本副塾長の三人で、ホールでの話よりもさらに突っ込んだ話し合いをした。 ホールで「年末に日比谷公園で派遣村ができたとき、東京にあんなに寺があるのに、門戸を開かなかった。細分化された各宗派は自分のことしか考えていない。世襲制と檀家制度で、日本の仏教は危機的な状況にある」と話した堀澤祖門師に、若い運営委員が「仏教の課題や理想を抱けというお話はわかります。でも派遣の若者は、明日どうするか、この1週間をどう食べていくかが問題なんです。どうすればいいんですか?」と突っ込む。 ある女性は、「私には、難しい話はわかりませんけど、嫁姑《よめ・しゅうとめ》問題で何十年と苦労してきて、最近姑を送ったんです。そのときお棺の中の姑の顔が、まさに仏様の顔に見えました。ああ、どちらが悪いということではない、そのような定めだったのだと感じ、姑への思いが一変したんです。これも悟りではないですか」と力説。これには堀澤さんも私も、思わず拍手する。 「自分はこう思うが、どうなんだ!」という意見や質問が、ポンポン飛び出すのが、車座集会のおもしろさだ。こういう場では、ややもすると立派な意見を言おうとして、結局、新聞社説か何かを要約したような常識的な説を開陳する人が少なくないが、これではつまらない。荒削りでかまわないから話題を絞り込んで、自分を徹底的に打ち出す言葉を、どんどんぶっつけてほしい。そうすれば、こちらのスイッチも「パチン」と入るのだ。 10時すぎ大津プリンスホテルで夜食。その後、夜中まで『週刊朝日』ギロン堂原稿書き。明日19日は朝ホテルを出るが、そのまま東京を通り越して、水戸で講演。この歳で何をやっているのかと思われるだろうが、どこへ行っても人と会うのは楽しい。 【次回につづく】
琵琶湖塾(2)
琵琶湖塾のおもしろいところ、すばらしいところは、一般公募の運営委員たちによる「手作り」の塾ということである。 琵琶湖塾の主催は滋賀県立大学だが(共催は滋賀県、後援は大津市と彦根市)、県大は事務局を務めるものの、実際の運営はボランティアの委員たちが話し合って決めていく。ゲスト講師にどんな話をしてもらうか、車座集会のテーマをどうするかという企画から、講師の人生年表づくり、受付や会場整理、控え室のお茶出しまで、委員たちが担当する。 最初のうちは、「この位置で挨拶して、ここに移動」と舞台上の動線がやたら複雑だったり、 「あと何分」の表示が妙に細かい刻みで出たり、いかにも素人の手作り感に溢れていたが(笑)、 みんなだいぶ慣れてきた。 だから、委員たちはあれこれ話し合って、「人間力」という今回のキーワードを決めていた。 それはそれで構わないが、と私は言った。 「みんなが興味を持っている大問題は、いまの政治の体たらくだよ。自民党は、総選挙をやれば必ず負けるとわかっている。そこで自民党の政治家たちは、誰をトップにして選挙をやれば、もっとも負け方がひどくないかという一点だけで、自分たちのリーダーを決めようとしている。そんなことで日本の総理大臣を決めるなんて、絶対おかしい。もっと言えば、いま日本に首相に推したい政治家が一人もいない。その話をしよう」 これには堀澤祖門師も賛同してくれた。夜7時からの琵琶湖塾では、なぜ政治がこんなにヘタレてしまったか、それに加えて百年に一度の経済危機に仏教は何をしたか、そんないま私たちが育むべき「人間力」とは何かと、会場を巻き込んで熱い討議を繰り広げた。 【次回につづく】
琵琶湖塾(1)
2月18日は2008年度「琵琶湖塾」の最終回だった。 午後3時半すぎ東京発の新幹線で京都まで行き、JR在来線で二駅乗れば滋賀県の県庁所在地、大津着。駅からタクシーで、6時20分には会場のピアザ淡海《おうみ》に入った。 琵琶湖塾は、今年で4年目になる。 これは、私が塾長を務める一種の地域おこし・地域の人材育成塾だ。私が滋賀県彦根市の生まれであることから、國松善次・前知事に頼まれて始めたもので、現在の嘉田由紀子知事も熱心に応援してくれている。 実は私は、同じような趣旨の塾の開設を、国や地方、さまざまな大学や企業から繰り返し頼まれた。自民党からも頼まれたことがある。しかし、キリがないから、出身大学の早稲田から頼まれたものと、出身地の滋賀県から頼まれたものだけを引き受けて、あとはすべて断ることに決めた。 そういうわけで、私は母校の「大隈塾」塾頭と、故郷の「琵琶湖塾」塾長を務めているのだ。 この塾は、毎年7月から翌年3月まで月1回開講する。ゲスト講師を招いて40分ほど講演してもらい、会場の塾生たちも交えて質疑応答。 その後、ホールから会議室に場所を移し、選抜された塾生や運営委員たちと膝を突き合わせて「車座集会」を開く。 今回のゲスト講師は、前年度も招いた比叡山延暦寺の大僧正で叡山学院長の堀澤祖門師。 最終回は塾生代表に修了証を手渡す閉講式などがあるため、最初から堀澤師、私、坂本衛・副塾長のディスカッションで始める。 打ち合わせのとき、私は「今日は、違うテーマでやろう」と提案した。 いま、塾生たちがもっとも関心を持っている、いちばん旬の話題にこだわりたかったからだ。 【次回につづく】