月別アーカイブ: 2月 2009
ドバイ行(3)
ドバイ首長国の国家戦略とは何か? 一言でいえば、それはヨーロッパ・中東・アジア・アフリカを結ぶ「物流ハブ」になるということだ。 ハブとは、自転車などの車輪の中心部(車軸)のこと。ハブがドバイで、そこから周囲に伸びるスポークが航空路・海上交通路・情報通信ネットワークというイメージだ。 すでにドバイには24時間稼働する港があって、行き来するコンテナ貨物量は世界第9位という。さらに4500mの滑走路が5本もある24時間稼働の新空港を建設中だ。 港がある経済特区「ジュベル・アリ・フリーゾーン」(JAFZ)には世界から6500社が集まっている。なぜか。このフリーゾーン内は所得税ゼロ、法人税ゼロだからだ。世界一大きいマーケットも完成している。ドバイの人口は120万人ほどだが、国民は20%程度にすぎず、あとは外国人なのだ。 ドバイの「物流ハブ」構想は、いうまでもなく「ポスト・オイル」(原油後)を見すえた中長期の国家計画。「原油は売るもの。そして、いつか枯渇するもの」という考えからだろう。 ドバイでは原子力発電所を建設中で、2017年に最初の原発が稼働する予定だ。太陽エネルギーの利用にもとても熱心だが、砂漠の国だから、これは極めて有望だ。 同じ「アラブ首長国連邦」7か国の一つで、ドバイとは兄弟国のアブダビには、フランスからソルボンヌ大学やルーブル美術館が来ると聞いた。F1も来るという。 日本でドバイやアラブ首長国連邦というと、地の果てにある砂漠国。石油が出るほか、サッカーでたまに対戦するくらいのイメージしかないが、まるで違っていた。今回のドバイ行きは、極めて刺激的な旅だった。 追伸 2/27(金)は最終金曜なので、「朝生」をやります。今回のテーマは医療崩壊。詳しくは、こちらで。
ドバイ行(2)
いや、ドバイに行って本当によかった。 日本ではリーマン・ショック以降、ドバイでは高層ビルの建設が軒並みストップし、クビを切られたインドからの出稼ぎ労働者はじめ失業者が街にあふれ、すっかり活気が失われてしまったと報道されている。聖書に出てくるバベルの塔ではないが、贅を尽くした「砂上の楼閣」が蜃気楼のように消えかかっているといわんばかりの報道だ。 ところが、ドバイの実態は、日本のメディア報道とはまるで異なっていた。街には活気があふれている。見たこともないおもしろい形のビルが、そこかしこで相変わらず建設中だ。日本の日比谷公園にできた派遣村のような失業者の行列もない。 在ドバイ日本国総領事の小林弘裕は、苦笑まじりに話してくれた。 「ドバイに日本のマスコミがよく来ます。ところが彼らは、私たちが全然行ったことも見たこともない場所で、失業者を探し出しては、報道しているんですよ。いままで通り活気が溢れている場所には、目もくれずにね」 日本から現地に出ているゼネコン、プラント、情報家電、商社、銀行などのビジネスマンたちにも次から次へと会って話を聞いた。ある一人は、こう言う。 「ドバイの建設ラッシュは、もちろん一時よりスローダウンしています。でも田原さん、ここには世界のクレーンの4分の1が集まっているんですよ。ドバイという国は、世界中の金持ちを呼ぶために、おもしろおかしい形の高層ビルを建てているわけじゃない。じつにスケールの大きい国家戦略を立てて、それを着実に実現しつつあるんです」 次回は、ドバイの驚くべき国家戦略を紹介しよう。 【次回につづく】
ドバイ行(1)
2月2日の晩、関西国際空港からエミレーツ航空でドバイに行き、5日の夜に帰ってきた。今回の旅は、テレビや雑誌の仕事ではない。2008年9月のリーマン・ショック以来、気になっていたドバイを、一人で訪ねてみようと思い立ったのだ。 じつは僕は、1977年に雑誌の仕事でドバイに行ったことがある。73年の第一次オイルショックと78年の第二次オイルショックの間の時期だ。 ビザなしで入国できると聞いていたのに、空港に降り立つと「ビザが必要だ。ビザがないなら帰れ!」といわれて、とても弱った。交渉すると、ドバイ国内に住む誰かが保証人になれば入国できるという。慌てて東京に連絡し、現地にいる日本人に保証人になってもらった。 32年前、苦労して入国したドバイには、それこそ何もなかった。なにしろドバイ首長国も一員となって「アラブ首長国連邦」を作り、やっと6年目。ドバイは中継貿易港として、それなりに栄えてはいたものの、経済特区ジュベル・アリ・フリーゾーン(1981年発足)も国営のエミレーツ航空(85年設立)も、まだない。もちろん高層ビルも何ない、砂漠の小国にすぎなかった。 そのドバイは、2000年代に入ると、すさまじい急成長を遂げた。人口は120万人ちょっとだが、2007年の実質GDPは日本円にして6兆円。米マンハッタンを思わせる、いやそれを凌駕する現代的・近未来的な超高層ビルが建ち並び、中東一の繁栄を築いて、世界から注目を集めている。 ドバイは大きく変わった。そして、その変貌については、日本にも学ぶところがある。たしかな戦略があるからだ。 外交官や企業の駐在員など、たくさんの人に会い、日本のメディアが報道しないような話をたくさん聞いてきた。 せっかくブログを始めたのだ。テレビや雑誌で伝えきれない話を含めて、思うところをじっくり語ってみたいと思う。 今日は、これまで。では、また。 追伸 私は海外に行っても観光することがない。名所や美味しい料理の案内はできませんので、あしからず。