月別アーカイブ: 8月 2009

村上春樹の「1Q84」を読んで

遅ればせながら、村上春樹の「1Q84」を読んだ。 上下巻で約1000ページ。読むのにも時間がかかるが、もちろん書くには大変な時間を費やしたに違いない。 上下巻で、200万以上売れているという。ところが、私の友人知人たちに聞くと、「読んでない」という答えが意外に多かった。どうやら、いわゆるインテリはこの本に拒否反応を抱いているようだった。 「読んだ」という人達に感想を聞いても、「何が書きたいのか良くわからない」「面白くなかった」、中には「読み続けるのが拷問のようだった」と言う反応まであった。 こんなに売れていて、しかもアメリカやフランスなど海外でもよく売れているにも関わらず、いわゆるインテリ達は拒否反応が強い。そこで、遅ればせながらも読んでみようと思ったのである。 初めの200ページ近くは正直言ってとっつきにくい。だが、そこを済むととても読みやすく、どんどん引き込まれていく。 こういうと著者に大変失礼だとは思うが、恐ろしく贅沢な道具立てを凝らした推理小説仕立ての恋愛小説であり、私は昔、大ヒットした佐田啓二と岸恵子主演の「君の名は」を思い出した。 主役は青豆という女性と、天吾という男性のスケールの大きい恋愛物語である。それが巧みに推理小説風に構成されている。実は、最初の200ページに、その後展開される推理小説の種が詰まっているのである。 200ページを済むとわかり易いと書いたが、最初の200ページも著者の素晴らしい筆力と贅沢な道具立てに引っ張られて、いわゆる飽きは来ない。 いわゆる、インテリという人々が拒否反応を持つのは、道具立てが贅沢すぎるせいかもしれない。 「1Q84」の骨子になっているのは学生運動、連合赤軍事件、そして山岸会、それがオウム真理教に至るのである。 つまり村上春樹は、若者達が全共闘として戦い、やがて様々のコミューンを作りそして宗教団体へと転じていく、この流れを描きたかったのであろう。 その流れの中で、青豆と天吾はある意味では振り回され、そこでお互いの愛をどんどん感じ取っていくのである。 二人は結局、結ばれない。 その意味では悲劇の物語である。 だが、読者である私達は、1000ページの中で村上春樹から数多くの刺激を受ける。知識も受ける。何よりも「生きるとは何か」という事を考えさせられる。 著者の音楽に対する凄まじい造詣がある。古典的作家の小説を実によく読んでいる。哲学についての造詣も深い。私は素直な人間だから、多くの刺激を受けて面白かったが、この辺がいわゆるインテリの反発を食うのかもしれない。 上下巻ともで200数十万部売れるのは、よく理解できる。 約1週間、村上春樹の世界を満喫した。

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「手塚治虫戦争館」に出演して

NHK BS2の「手塚治虫戦争館」という番組より出演依頼がきた。3時間の番組で、5時間分VTRを撮るのだという。 出演者は私の他に、漫画家 里中満智子さん、 作家・映画監督 矢作俊彦さん、精神科医 香山リカさん、タレントの森下千里さん、若いのに昭和文化に詳しい俳優の半田健人さんの5人だった。 私の中で、手塚治虫は特別の漫画家である。 誇張でなく、漫画を芸術の域にまであげた人物だと思っている。 手塚治虫の漫画は、徹底的な反戦争、反暴力、そして反国家、反米でもあった。 「鉄腕アトム」や「火の鳥」「ジャングル大帝」など有名作が数々あるが、あらためて点検してみると、物凄い多作の作家であることがわかった。夜は2~3時間しか寝ていなかったのではないか。 手塚治虫の漫画はメッセージ性が強くてある種、イデオロギーの押し付けのように聞こえるかもしれないが、彼は驚異的なエンタティーナーである。 ストーリーの展開が鮮やかで面白い。天才的ストーリーテーラーである。 しかも展開の規模が非常に大きくてダイナミックだ。 どんな作品でもグイグイ引き込まれて最後まで読まされてしまう。 一番に言わねばならない事だが、絵が抜群に上手い。 そして漫画の絵が非常に動きがある。動きのある絵を描くのが見事だ。 私は中でも「アドルフに告ぐ」という5巻モノの漫画に魅入られている。 アドルフ・ヒットラーと神戸で生まれ神戸で育った2人のアドルフ、1人はドイツ人で1人はユダヤ人である。この3人が主人公でそれこそスケールが大きく、スリルにとんだドラマが展開される。 手塚治虫の漫画が面白いのは、悪人と言うものがいない。ヒットラーもドイツ人のアドルフもユダヤ人のアドルフにも、それぞれ強烈な正義がある。 その正義を貫くことで3人とも命を失う。正義が国を、世界をぶっ壊し、人間をぶっ壊す。その怖さを見事なまでに描いている。手塚治虫が亡くなったのは1989年だった。 60歳だった。非常に短い人生だった。 寝る時間を割いて、描いて、描いて描きまくった。その無理が寿命を縮めたのだろう。 ところで、この89年と言うのはとても重要な年である。 東西冷戦が終った年であり、日本のバブルが絶頂からどん底に急降下する年である。 美空ひばりさんが亡くなった年でもある。まさに戦後の長い時代が終ったと言える。 本当は手塚治虫に冷戦後の時代を描いてほしかった。米ソの対立は終ったけれども、南北問題やテロの問題や様々な問題が出てきた。 この時代に手塚治虫がいないのが残念でならない。

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