月別アーカイブ: 3月 2010
サンプロ最終回
今日はサンプロが最終回だった。 1989年4月に「サンデープロジェクト」が発足した時は、ワイドショーだった。 東尾さんのコーナーや、系列各局の若いアナウンサーが土地の花を紹介するとかいろんなコーナーがあった。 僕のコーナーは20分弱で、1回目のゲストは浜田幸一さんだった。 政治を面白く話してもらおうと思ったのである。 当時は、問題になってる政策をとことん議論するとか、 与野党の主張の違いを明らかにする、というようなつもりはなかった。 ところが番組は生き物でどんどん化ける。 湾岸戦争の地上戦が番組中に始まった時、 いろんなコーナーを壊して世界各地からの中継をつないだ。 湾岸戦争の中継一本で放送した。 この辺りから番組の性格が変わってきた。 与野党で対立した政策について、キーパーソンが出演して真剣勝負をする。 或いは、政権与党の内部の亀裂についてそれぞれキーパーソンが出演して 政治生命を賭けて討論する。 天皇問題、被差別部落の問題、拉致問題など、日本のタブーにもどんどん挑む。 宮沢喜一、橋本龍太郎など、何人もの首相が失脚した事がある。 政治的圧力もあった。それらにも抗してきた。 本番の日は20~30人の新聞記者が集まった。 サンデープロジェクトは、あらゆるタブーに挑んだ。 この事が、テレビ局にとって重くなりすぎたのだろう。 残念である。 しかし、僕は悩まない。 BS番組でもっともっとタブーに挑むつもりである。
「誕生!中国文明」応援団に選ばれました
7月6日(火)~9月5日(日)まで、上野の東京国立博物館 平成館で 河南省で発見された彫刻、青銅器、陶磁器など 150件以上の名品を展示する「誕生!中国文明」が行われる。 その応援団に選ばれ、3月18日にその展覧会の報道発表会だった。 僕は、日中ジャーナリスト交流会を、東京と北京で既に5回行っている。 このところ、中国のジャーナリスト達はとても自信を持ってきている。 昔は、日本に対して歴史認識、 例えば、日本の侵略などの話をしきりに出していた。 それを出さないと日本と対等に論議できなかったからだ。 だが、今は中国は力をつけてきた。 これからはもう歴史認識の話はしない、と言った。 中国は大いに自信をつけたのである。ある意味、怖いと思う。 彼らとディスカッションすると、 中国の4千年の歴史の深みを、とても感じざる得ない、 と、いうような話をした。 河南省は、昨年末「三国志」の曹操のものと思われる墓が 発見され話題になっている。 その河南省の文明を深く掘り下げたこの展覧会は、 見ごたえのあるものだろう。
「第1回 座・高円寺 ドキュメンタリーフェスティバル」前夜祭でした
ドキュメンタリージャパンが中心になって、 座・高円寺でドキュメンタリーフェスティバルが今日から行われる。 率直に言って、今はどのテレビ局も制作費を切り下げていて、 ドキュメンタリージャパンも経営は楽ではないと思う。 こうした中で、ドキュメンタリーフェスティバルを実現させた 努力と労力に感動するとともに、心から感謝したい。 テレビ局がどこもドキュメンタリーに力を入れなくなってきてる。 制作費と時間がかかる上に、 社会や企業や団体の問題点に鋭く切り込む事が厄介がられているのであろう。 だが、社会のあり方、人間のあり方をみつめて、 その魅力の素晴らしさ、そして問題点など取材するのはテレビの中心柱だ。 ドキュメンタリー番組を活性化させ、 発展させるために絶対に必要なイベントである。 昨夜はその前夜祭で、 僕が1969年に東京12チャンネルで作った カルメン・マキを追った「わたしたちは」が上映された。 僕としては、いささかならず面はゆかったが、 集まったプロの方々は温かい目で見てくださった。 本当にありがたかった。 歳をとったが、あの時の若い感性を取り戻さなければならない、 とあらためて感じた。
4月から新番組がスタートします
4月3日(土)朝10時より、 新番組「激論!クロスファイア」がBS朝日でスタートします。 昨日、その記者会見をテレビ朝日にて行った。 BSは開発途上中である。 元々僕は、東京12チャンネル(現 テレビ東京)で ドキュメンタリーを作っていた。 当時の東京12チャンネルは「テレビ番外地」と言われていた。 多くの視聴者達は12チャンネルまでは見ない。 それに制作費も安いので、制作日数もスタッフの数も少ない。 番外地で視聴率を上げるには、とにかく話題にならなくてはならない。 話題になるためにハラハラするような冒険をたくさんしてきた事が、今の僕の原点だ。 僕は番外地も好きなのだ。 必ずやBSのこの番組を話題にしたいと思っている。 今、テレビはコンプライアンスでどんどん窮屈になり、 自由な冒険をしなくなっている。 「やんちゃな番組」を作りたい。