金儲けは悪いことではない

e794b0e58e9f091008私はひねくれものなので、このところ「倫理」と言う言葉が氾濫してるのがどうも気になる。

特にアメリカでサブプライムローンが破綻して、金融業界が混しリーマンブラザーズが倒産して金融パニックに陥った時から、この倫理と言う言葉が充満しだした。

アメリカの経営者達が金儲けばかり走り、倫理を破綻させてしまったのだと言うのである。

私は近江商人の末裔なので、「金儲けが悪い」と言われると、違うんじゃないかと言いたくなる。

企業という企業はどこも金儲けを考えている。金儲けを考えなければ企業は倒産する。

金儲けを考えない企業などは存在しない。

念を押しておくが、金儲けは決して悪いことではない。

私は幼稚園に上がる前から祖母に「三方善し、三方善し」と言う事を言われ続けた。

商人が金を儲けるには「三方善し」でなければならないと言うのである。

当時は「三方善し」の意味などはわからなかったが、「三方善し」と言う言葉だけは覚えた。

現在では、三方善しと言う言葉は割りあいによく耳にするようになった。

三方善しとは商人が金を儲けるにはまず「客にとって善し」そして「世間にとって善し」それで初めて「自分にとって善し」になる、という事だ。

まず、お客さんに喜んでもらわなければならない。

この商人から買った品物は質が良い、為になる、そして商人がとっても親切である、

と、お客さんが信用してもらう。信用してくれれば、二度も三度も買ってくれる。

つまり商売が持続する。

二番目は、世間にとって善し。

今の言葉で言えば、社会にとって善し、である。

社会とは、お客さんがいっぱいいるという事だ。

大勢のお客さんが、つまり社会がその商人の商品やサービスを信用してくれる。

となると、商売は繁盛する。

そこで最後に、自分にとって善しとなる。

つまり金が儲かるということである。

逆に言えば、三方善しでなければ金は儲からないのである。

ところが、アメリカの商売は日本とは全く違う。

アメリカやヨーロッパの国々は、キリスト教の文化である。

特にアメリカは、清教徒、つまりヨーロッパのピューリタン達がヨーロッパにうんざりし、

正しい生活を求めてやってきた国である。

彼らは聖書の教えに極めて忠実であった。

聖書には人のものは盗んではならない。人を騙してはならない。など多くの掟が記してある。

アメリカのビジネスマン達にとって、ビジネスとは聖書の教えに従って行うものであった。

それが倫理を守ることであり、秩序を守ることであった。

ところが70年代からアメリカの経済が不調になった。

80年代になると不調がどんどん激しくなった。

つまりアメリカで作った製品が売れなくなってきたのである。

逆に日本の製品がどんどん入ってきたのである。

アメリカ人の給料は高く、コストが高い。それに比べて日本の製品は質が高くて値段が安い。

つまり日本からの輸入がどんどん増えてアメリカの企業・産業界を強く圧迫するようになった。

80年代後半、日米経済摩擦が深刻化した。

これはアメリカの商品が売れず、日本の商品がどんど入ってくるので、アメリカが日本にイチャモンをつけたのである。

アメリカの言いがかりである。言いがかりはつけても、アメリカの商品は売れない。

そこでアメリカは物を売る産業から、金融業にシフトした。

しかも金融業がどんどん客の顔の見えないビジネスへと変わっていった。

ここで法律は破らないが、倫理破り、秩序破りが出始め、それが多数となった。

例えばサブプライムローン。これは、担保にならないローンなのだが、それを強引に担保にした証券が作られ、こうした証券がどんどん集められて売買された。

しかもそれにレバレッジ。レバレッジとは、テコの論理なのだが、30倍、50倍、 100倍と倍率をあげて売買されるようになった。

こうなるとビジネスではなく博打である。

いや、こんな事言うと、博打をやっている人が怒るだろう。

博打は賭ける金がなければ成立しないが、ベバレッジは金がなくてもどんどん掛け率があがっていく。

そして、失敗すると即破綻となる。これは明らかに倫理が欠如したのだが、この倫理の欠如と言うのが日本には当てはまらない。日本の商売は倫理ではなく、三方善しが基盤だからである。

ところがそのことをわかっていない学者や文化人たちがやたらに金儲けが悪い、金儲けをするやつらは倫理が欠如してるのであるという。これは大きな間違いである。

三方善しを守る限り、日本のビジネスは破綻しないのである。

金儲けは悪い事ではないのである。

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